大判例

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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)11327号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔事実〕本件建物はもと財団法人満洲国留日学生補導協会の所有であつたが、同協会は終戦と共に解散を決議して残余財産は主務官庁の指定する留日学生補導団体に譲渡することとなり、清算手続実施中に総司令部覚書によつて清算手続を中止し、政府が財産管理を継続していた。そして昭和二八年三月二五日任意団体たる善隣学生会館が設立され、政府の指定があつたので、補導協会清算人は右任意団体善隣学生会館が財団法人を設立することを条件としてこれに残余財産を譲渡した。かくて右任意団体の設立者により、右譲受財産を提供して本件原告法人設立の寄附行為が完了され、主務官庁の許可を得て昭和二八年五月二三日設立登記をし、原告法人は本件建物の所有権を取得するに至つたので、同年六月一八日その所有権取得登記を経た。一方、原告法人の前主たる補導協会は、財産管理者たる日本政府の手を経て、昭和二六年七月一日から本件建物の一部を被告会社に賃貸していて、原告法人はその賃貸人たる地位をも承継したのであるが、被告会社は昭和二八年一〇月分から一二月分までの賃料を支払わなかつたので、原告は昭和二八年一二月三日附内容証明郵便でその到達後四日以内に延滞賃料の支払を求め、支払がないときは賃貸借を解除する旨の意思表示をした。原告は右の条件附契約解除の意思表示によつて本件賃貸借は有効に解除されたとして、被告会社に明渡を求めた。

被告会社は、仮りに本件建物の所有権が原告にありとしても、当時建物所有権の帰属について同建物居住の留日学生と原告との間に紛争があり、真実の所有者が分明でなかつたため、昭和二八年九月頃原告から賃料値上の交渉があつたが協議がまとまらず、その後原告から何の交渉報告もないままに、被告は第一銀行飯田橋支店に賃料支払のための特別の口座を設けて従前の賃料額を毎月預金し、その旨を原告に通知しておいた、催告にかかる賃料を原告方に持参支払わなかつたのは、かようなやむを得ない事情によるものであるから、賃料不払の点について被告に過怠背信の所為はなく、また原告が明渡を求めるのは賃料増額を欲する以外の何物でもないに反し、被告会社が本件建物を明渡すことになると営業上回復すべからざる損害を受けることになるから、本件明渡の請求は、原告が被告会社の利益を無視し自己の利益のみを図らんとするもので、権利の濫用であると抗弁した。

〔判断〕判決はまず、「被告会社代表者宇土芳郎は昭和二八年九月頃原告法人事務局長森照から原告法人名義をもつて賃料値上の交渉を受け、新たな賃料を定めた契約書に捺印を求められたが、当時本件建物所有権の帰属を回りこれに居住する留日学生と原告との間に紛争があり、右学生等から原告法人としての申入には応じないようにされたい旨の申入を受けたので、宇土は、右所有権の帰属を明確ならしめるのでなければ値上には応じ難い旨を回答し、なお被告会社と同一の立場にある他の商社とも協議することとして右契約書を預つたところ、その後森は右契約書を持帰つたのみで被告会社に対し何等の交渉をもしなかつたこと、その間宇土は原告法人代表者守島伍郎に対しても右建物所有権の推移につき説明を求めたがこれを拒否されたこと、宇土はそこでやむを得ず、株式会社第一銀行飯田橋支店に右賃料保管の為の特別口座を開設して同年十月分以降従前の賃料額を右口座に預金し、その頃これを原告に通知したこと」という事情を認定したうえで、次のとおり判示している。

「建物所有権につき争がある場合に於て賃借人としてその建物の正確な所有者が何人であるかにつき重大な関心を有することは当然であつて、建物所有権の帰属如何によつては賃料の二重払の結果を招かないとも限らないのであるから、被告会社がその建物所有権の帰属に疑義を抱き、その所有者であると主張する原告法人に対し疑義を明確ならしめることを求め、更にその賃料相当額を銀行預金としたことは無理からぬところというべきであつて、必ずしもこれにより賃料不払の意思があつたものとはなし難く、原告法人に於てその点を明確にし被告会社を納得せしめ得たならば、被告は即時に賃料を支払つたであろうことは容易に推測され、原告法人はその労を惜しむべきではなかつたといわなければならない。尤も証人森照の供述によれば、原告法人代表者守島伍郎は、被告会社が原告法人の運営にまで容嘴するものとしてその説明を拒否したことが認められるけれども、当時被告会社の真意は建物の真実の所有者を明確ならしめる点にあつたと推測されるから、交渉の中途に於て言辞に多少穏当を欠く点があつたとしても、それのみで論議の余地なしとして申出を一蹴するが如きは相当とはなし難く、他に原告法人に於て、この一挙手一投足の労を以て足りる説明を尽した形跡の認むべきものはないばかりでなく、而も原告法人は右室を結局は第三者に賃貸するものであることは弁論の全趣旨に照し明らかであつて、被告会社は賃借以来一回も賃料延滞の事実なく、これを使用して事業を経営しており、同室を明渡すことにより信用上甚大な打撃を受けることは被告会社代表者宇土芳郎本人の供述により認め得るところであるから、被告会社の右賃料額の預金又は預金したことの通告が前記の如く法律上は弁済又は弁済の提供となし難く、原告法人が被告会社の賃料不払により契約の解除権を取得したとしても、右のような事情の下に於てこれを行使し明渡を強行しようとするのは、徒らに自己の非を蔽い相手方の非のみを鳴らすものとの譏を免れず、畢竟解除権の濫用に陥るものとなさざるを得ない。」

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